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高松地方裁判所 昭和57年(行ウ)2号 判決

原告 高橋良三

被告 三木町長

主文

一  本訴請求のうち、参事の職の廃止を求める部分は、訴えを却下する。

二  本訴請求のうち、その余の部分は、請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五六年四月一日三木町に設置した参事の職を廃止せよ。

2  被告は、参事の職に補された者に対する俸給その他一切の給与の支払を停止せよ。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、普通地方公共団体である香川県木田郡三木町(以下、単に「三木町」と略称する。)の住民である。

2  被告は、昭和五六年三月二七日規則第三号により、三木町における「職員の職の設置に関する規則」(昭和四一年三月一日規則第三号)を一部改正して、同規則第三条(1)に、新しく課長より上位の職として、参事の職を設けることとし、更に同規則第四条2に「参事は助役を助け町長の指定する課の分掌事務について総合調整を行う。」旨の条項を設けた。

こうして、参事の職を新設したことに伴い、被告は三木町における「職員の給与等の支給に関する規則」の一部を改正し、同規則別表第一(管理職手当を受ける職員)に課長より上位の職名として参事を加え、参事には管理職手当支給割合も課長以下の一〇パーセントより多い一一パーセントとする旨規定した。

3  被告のした一連の規則改正による参事の職の設置は、次の理由により違法なものである。

(一) 地方自治法一五八条七項には、「市町村長は、その権限に属する事務を分掌させるため、条例で必要な部課を設けることができる。」旨規定されており、三木町でも「三木町課設置条例」(昭和二九年一〇月一日条例四号)が制定され、総務課外八つの課が設けられて町長の権限に属する事務を分掌している。そして、右条例を受けて前記「職員の職の設置に関する規則」により各課に統括者として課長の職を設けているものである。

したがつて、三木町において課長より上位の職を新しく設ける場合、現行の規定ではその配属されるべき課がないので、課を超える組織として部を設置するほかなく、そのためには前記地方自治法の規定からして、「三木町部設置条例」を制定することが必要となるものである。

しかるに、被告が新しく参事の職を設けるのに、町議会へ条例の制定や改正を諮ることなく、前記のごとく規則改正で済ませたことは、地方自治法の規定に違反するものである。

(二) そして、かように違法な措置によつて設けられた参事に、課長を超える割合による管理職手当を支給することは、違法な財政負担である。

4  そこで、原告は、昭和五六年六月一六日三木町監査委員に対し、被告のした参事の職の設置について是正措置を求めるべく監査請求をした。

監査委員橋本厳及び同中原一郎は、右請求につき、同年八月八日付をもつて被告に対し、「参事の職の設置については、三木町長に昭和五七年三月末までに条例化、整備することを勧告する。」旨勧告し、右勧告をした旨原告にも通知があつた。

5  右勧告に従つて、早急に議会に諮つて条例化すべきところ、被告は昭和五六年九月及び一二月の定例議会には議案を提出せず、昭和五七年三月の定例議会になつて漸く「三木町課設置条例の一部を改正する条例」により、三木町に「参事室」を設けることを提案したが、継続審議となり、前記勧告による是正期限までに条例化ができなかつた。そして同年四月一日付書面により、その旨監査委員から原告に通知があつた。

6  その後、被告の提案した右条例改正案は、昭和五七年九月の定例議会で継続審議されたが、結果として否決された。

7  原告の監査請求、これに対する監査結果(勧告)及び町議会における審議結果等一連の事実経過に鑑みれば、被告が参事の職を維持するためには、監査結果に従つて条例化すべきところ、その条例改正案が町議会で否決された以上、被告は須く参事の職を廃止し、条例化ができるまでその設置を待つべきものである。

しかるに、被告はなお参事の職を廃止せず、現実にも職員を参事に補職し、給与の支払を継続している。この被告の行為は、住民の意思を反映した町議会の議決を無視するものであり、地方自治法の趣旨に反する違法なものである。

また、監査委員が是正措置として、条例化すべしと勧告したことをも無視するものであつて、この点でも被告の行為は違法なものである。

8  よつて、原告は、地方自治法二四二条の二の一項号により被告が昭和五六年四月一日から三木町に設置した参事の職を廃止すること及び参事に補職された者に対する俸給及び一切の給与の支払を停止することを求めるものである。

二  被告の答弁並びに主張

1  本案前の主張

地方自治法二四二条の二の一項一号による住民訴訟の対象は、執行機関又は職員の違法な(一)公金の支出(二)財産の取得、管理、処分(三)契約の締結、履行(四)債務その他義務の負担に限定されている。

ところが、原告が請求の趣旨一項で求める参事の職の廃止は、右の(一)ないし(四)のいずれにも該当しない。

したがつて、請求の趣旨一項は、法の認めない訴えであり不適法である。

2  請求の原因に対する答弁

(一) 請求の原因1及び2の各事実は認める。

(二) 同3の主張は争う。

(三) 同4ないし6の各事実は認める。

(四) 同7の主張は争う。

3  本案についての被告の主張

(一) 地方自治法一五八条七項により、条例で設けなければならないとされる「必要な部課」とは町の内部部局のうち、第一次的、大綱的なものを指すと解され、三木町においては課の設置が右の条例事項に当たるものである。

ところで、このたび被告が設けることとした参事は、助役を助け、町長の指定する課の分掌事務について総合調整を行う職であり、いわゆるスタツフとして位置付けられるものであつて、参事の職の設置によつて、既設の各課の分掌事務に変更を来たすものではない。

したがつて、参事の職の設置は、条例による必要はなく、町長の権限でなしうることである。被告は、参事の職の職務権限を対外的に明らかにする趣旨で、「職員の職の設置に関する規則」を一部改正したものである。

(二) なお、被告は、監査委員からの勧告の趣旨に鑑み、昭和五七年三月一二日町議会に対し、参事が統括する組織である参事室を設ける旨の三木町課設置条例の一部を改正する条例案を提案したが、これは、参事の職を条例で設置する趣旨ではなく、三木町に課に相応する組織として参事室を設けることを条例で決めようとしたものである。そして、同年九月一三日の町議会で否決されたのも、参事室を設けることまでは必要がないというにとどまり、参事の職の設置については、何ら言及するものでなく、その設置に影響を及ぼすものではない。

三  被告の主張に対する原告の答弁

1  本案前の主張については争う。

2  被告の主張(一)、(二)については争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  本案前の主張について

1  請求の原因1、2、4ないし6の各事実は、当事者間に争いがない。

右争いのない事実によれば、本件の概要は被告が設置した参事の職は条例によつて設置されるべきであつて、規則で設置したのは、地方自治法に反する措置であるとして、原告が監査委員に対し監査請求をしたところ、監査委員は被告に対し、昭和五七年三月末までに条例による整備をするよう勧告し、被告も同年三月の定例議会に参事室を設置する旨の条例改正案を提案したが、継続審議となり、結局同年九月の定例議会で否決され、それでもなお被告は参事の職を置き、これに職員を補職しているため、三木町の住民である原告は参事の職の廃止を求めて本訴請求に及んでいるものである。

2  ところで、原告は、参事の職を廃止するよう求める条文上の根拠を地方自治法二四二条の二の一項一号の差止の請求に置いている。

そもそも、同条項に規定する住民訴訟は行政事件訴訟法五条に規定する民衆訴訟の一類型として認められたもので、自己の法律上の利益にかかわらない一定の資格(例えば、選挙人の資格)で訴えを起こすことが許されたものであるが、この訴訟は、同法四二条により「法律に定める場合において、法律に定める者に限り」許されることとされている。これは、民衆訴訟の許される場合を各別の法律に委ねて、その範囲を画そうとするものである。

そこで、本件のような住民訴訟が法律によりどのような場合に許されているかを検討する。

地方自治法二四二条の二による住民訴訟は、同法二四二条の住民監査請求を前置すべきものとされており、その対象となる行為は結局監査請求の対象とされる行為に限られることになる。そして、同条によれば監査請求の対象は、「違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担があると認めるとき」と定めており(但し、後段の賦課、徴収、財産の管理懈怠は除く。)、これらは、いずれも公共団体の財務会計上の行為に関するものであつて、結局住民監査請求は、これらの行為について、直接自己の利害に関係がない場合にも、納税者である資格で右財務会計上の違法若しくは不当な行為を防止若しくは是正するよう要求するものであると解される。

したがつて、住民訴訟の対象も右の範囲に限られるところ、原告が本訴請求の趣旨一項で廃止を求める参事の職の設置は、先に列挙した財務会計上の諸行為のいずれにも属しないものである。けだし、参事の職の設置自体は、行政組織上の改革の問題であつて、財務会計上の問題ではなく、納税者の立場で住民がその是正を求めるべきものではないからである。

参事の職の設置に伴つて、公共団体の財務会計上の問題が派生し、納税者の立場で是正を求めるのは、参事に対し、違法若しくは不当な俸給その他の支払がなされる場合である。

二  そこで、次に請求の趣旨二項につき検討する。

1  原告は、請求の趣旨二項で「参事の職に補された者に俸給その他給与を支払つてはならない。」旨の裁判を求めており、この趣旨は、違法若しくは不当な措置によつて設けられた参事に対する俸給等の支払は、必然的に違法若しくは不当な財政支出となり、前記住民監査請求で差止の対象とされる「違法若しくは不当な公金の支出」に該当すると主張する。右の趣旨は、前記説示から違法なものである限り一応住民訴訟の対象となりうるものと認められ、かつ、当事者間に争いのない住民監査請求に関する経緯に鑑みれば、監査請求を前置しているものと認められるので、以下本案の理由である本件参事の職の設置の違法性について検討する。

2  地方自治法一五八条は、地方公共団体における長の補助部局について規定しているが、同条七項で「市町村長はその権限に属する事務を分掌させるため、条例で必要な部課を設けることができる。」と規定し、続けて同項では、右部課の設置については同法二条一三項(最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。)及び一四項(規模の適正化を図らなければならない。)の各趣旨を尊重し、更に他の地方公共団体の部課の組織との間の権衡を失しないように定めなければならないとされている。

一方、地方自治法における市町村長の補助機関に関する規定をみるに、同法一六一条二項で助役を置くこと、同法一六八条二項で収入役を置くこと(但し、いずれも条例で置かないことができる。)が規定され、これら特別に定められた者の外、普通地方公共団体に吏員その他の職員を置くことが同法一七二条一項で規定され、右吏員は事務吏員及び技術吏員とする旨同法一七三条に規定がある。更に、地方自治法施行規程一八条では、都道府県について「法令に定めるものを除く外、職員の職の設置については、規則でこれを定める。」旨規定されている。

これらの諸規定から考察するに、地方自治法は地方公共団体の長の補助部局である部・課の設置と補助機関である職の設置を区別し、前者についてはこれを条例で定めるものとし、後者については法令で設置を定められているものを除いて、都道府県につき規則で定めるものとしているのであり、右の趣旨からすれば、市町村についても職の設置は特段の規定はないけれども都道府県の場合と同様に、条例事項ではなく規則で定めることができるものと解される。

右の趣旨は、長の補助部局を条例で大綱的に定めておけば、その部局に配置される職については、長の判断で必要に応じ臨機に対応できることにあると解される。

したがつて、規則によつて参事の職を設置したことは原則として違法ではない。

3  しかしながら、行政当局者が規則により設置することにした職が、従来の補助部局の権限に変更をきたすものであつたり、本来補助部局の実態をもつものを職の設置で代替したものであるときには、規則による職の設置が地方自治法の趣旨に反し違法となる場合が生じうるものと考えられる。

そこで、本件につき、三木町の参事の職の権限及び実態につき判断する。

(一)  成立に争いのない甲第一号証によれば、本件における参事の職務権限は、「助役を助け、町長の指定する課の分掌事務について総合調整を行う。」と定められていること、同じく甲第九号証及び甲第四号証によれば、三木町における事務決裁規程上、助役不在の場合の代決権がこれまで総務課長にあつたものを、参事の設置に伴い、特例として、「助役が病気、事故等により当分の間職務を執ることが困難と認められるときは、町長の命により参事がその指定された課の分掌事務に係る助役の職務を代決する。」旨定められたことが認められる。このほか参事の設置に伴う職務権限の変更は本件証拠上認められない。

右規定から考察するに、本件の参事は、長の補助部局たる各課の調整を図るものであつて各課の分掌事務に変更をきたすものではないと認められる。

(二)  本件参事の職の実態が課あるいはこれに匹敵する部局の内容をもつものであることについては、本件証拠上これを認めるに足る的確な証拠はない。

4  更に、原告は、監査委員が監査結果として、条例化すべきであると勧告し、右勧告にそつて被告も参事室を設ける旨の条例改正案を町議会に諮つたところ、結局否決された以上、勧告の趣旨に従えば、参事の職を廃止すべきであると主張するので、以下判断する。

なるほど、事実経過は原告主張のとおりであるが、町議会で否決された議案は、参事室の設置に関する条例改正案であり、町議会が右議案を否決した趣旨に関して、証人石原収は、町議会総務常任委員会の委員長として右委員会での討議をとりまとめた者であるが、参事の職を設けること自体は町当局者の決定することであり、議会としては参事室まで設ける必要はないと判断した旨証言しており、右証言に照せば町議会の議決は参事の職を廃止すべきであるとしたものとは速断しえない。

したがつて、町議会の議決をもつて直ちに被告が参事の職を廃止すべき義務を負うことにはならない。

また、翻つて、監査委員の勧告に副うことができなかつたことから、被告に参事を廃止すべき義務が生じるかであるが監査請求に対する判断は地方自治法二四二条により、違法若しくは不当な行為について是正勧告ができることになるが、同法二四二条の二の規定により、住民訴訟における差止請求は違法な行為の差止に限られることになつている。

したがつて、監査委員による是正措置の勧告は、当該行為がすべて違法行為であることを前提としたものとは言えず、換言すれば、是正勧告を受けた行為が違法なものとなることもない。

本件については、先に説示したように、参事の職を規則で設置することは、地方自治法等に反するものではないから、監査委員の勧告は規則で設置したのは不当ではないかと判断し、被告に対し、条例によつて整備する方が望ましいとして勧告したものと考えられる。してみれば、結果的に右勧告の趣旨に副えなかつたとしても、そのことから本来違法でなかつた行為が違法なものとなるいわれはない。

したがつて、本件参事の職の設置は、住民訴訟によつて差止が求められる違法性の問題ではなく、あくまで行政のあり方としての妥当性が問われる問題である。

よつて、規則によつて設置されたことをもつて本件参事の職の設置は違法ではなく、こうして設けられた参事に俸給等を支給する行為も違法ではない。

三  以上の理由により、原告の本訴請求のうち参事の職の廃止を求める部分は不適法であるから却下し、参事に対し俸給等の支払の停止を求める部分は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅浩行 井上郁夫 角隆博)

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